水中猫発生プロジェクト (GCAT)
Genration of Cat project (GCAT) T Gene study of larva
Eimei Okuda
2008

水中猫発生プロジェクト (GCAT)
奥田エイメイ 2008年

人工筋肉系樹脂・水槽・照明
制作 奥田エイメイ&浮遊Factory
Photo by Aya Kato

 浮遊体アートはクラゲからどんな生命体オブジェに向けて進化するのか? クラゲの進化の果てを水中猫に設定し、進化の過程で様々な不思議生命体に出会うことを楽しむプロジェクト(Generation of CAT project)。

 クラゲも虫も植物も猫も人も、すべての生命は生物的遺伝子の4つの塩基要素(Guanine グアニンCytosine シトシン Adenine アデニン Thymine チミン )の組み合わせによって決定される。いわば4種類の記号の組み合わせによって、生命の形が決まっているといえる。このような遺伝子のあり様にならって、浮遊体アート遺伝子要素図形(Goggleうずまき Cutout 切り抜き Aisle 通路 Tower 塔)を作成した。

 この4つの基本遺伝子図形の組み合わせを変えることによりクラゲから水中猫へと進化させ、その途中で様々な不思議生命体オブジェを作り出す。 

 たとえば、タワー遺伝子を使い、変形・組み合わせを行っていき、途中で生まれ出た代表的な図形を抽出してみる。

 遺伝子図形を様々に組み合わせ、大きな平面から切り起こすことにより、もっと、複雑で大きなオブジェの制作も可能だ。

 GCATプロジェクトの特長として、

<特長1.平面切起こし立体化による制作の簡易化>がある。

○通常、浮遊体アートは立体型を起こして制作している。立体型の制作は難易度が高く、細かな変更にも時間・コストがかかり容易ではない。

○ GCATでは紙を切って立体化することにより、試作第1段階のスムーズな通過を可能とした。これにより原始デザインの絞り込みが容易となる。平面からのアプローチを可能としたことで制作プロセスも明確に説明できる。

○制作技術の開発要素は、平面簡易型による特殊柔軟樹脂に対する薄膜化技術、デジタルデータデザイン印刷技術、浮力調整技術に集約した。

○デザインの開発要素は、浮力調整粒周囲の形状(GCATシンボル及び受精卵のアナロジーである円形)、形状保持骨材の形状(進化樹のアナロジーである樹形図形)に集約した。

 GCATプロジェクトのもうひとつの特長は

<特長2.制作アイデア創出の自動化>だ

○ GCATアートの核心は制作プロセスの法則化である。

○ GCATアートは生物遺伝子に類似した発想を基にしている。生物は条件と環境が整えば自然に増殖し発生する。GCATは個人の意思とインスピレーションによるアートではなくある種の法則に従い増殖し発生するアートを目的としている。

○ 生物が環境変化による危機を乗り越えるため、遺伝子を組み替えて形状を変えるように、 GCATアートは自ら形状を変え生き延びる法則を有する。

○ 作者が不在となっても、GCATの生成の法則に沿って自動的に作品のバリエーションが生成可能となるアートが最終目標である。

いかにも整然と書いてみたけれど、GCATプロジェクトにたどり着くまでの断片的なヒントはかなり前から得ていたものの、きちんとした焦点が絞れない時期はかなり長く続いた。  次に目指すべき、オブジェはどんな形をしているのか?  水になじむ形を作っていると、どうしてもクラゲっぽくなってきてしまう。むしろあえて水中にはない生物の名前を目指したほうが、不思議感が出るのではないかと思った。  実は水槽インテリア工房の経営の視点からも、クラゲではなく別種のキーワードがほしいと考えていた。  クラゲというキーワードはあまりにもマイナーである。インターネットの検索エンジンで検索してみてもたいした数は出ない。生命アートとして捉えた場合に、もっとメジャーな生物名をターゲットに据える方が良いのではと漠然と考えていた。  経営的な観点から、クラゲというマイナーなキーワードよりも犬とか猫の方がいいのではないかとふと思った。水中犬、水中猫というのは、わけがわからないが、話題性があるのではないかとたくらんでみた。  新しい工房の建築現場のそばには、よく猫が遊びに来ていた。それで、なんとなく、猫に縁があるかな・・・と感じていた。  だが水中猫・・・と言葉に発してみても、具体的な形はまったくうかんでこない。猫らしさというのは、どこにあるのだろう、猫の尻尾の振り具合だろうかと観察してみたり、なんとなく猫短歌を作ったりしていた。

  ●片道切符握り海月売りに来て 猫師の後姿十字路に消ゆ

  ●海月屋と言われしビデオ巻き戻し 二重螺旋の裏側に猫

 実はこの頃私は、少し仕事が暇になってきていたのである。

 浮遊体アート工房を建てる計画に夢中になりすぎて、水槽インテリアを販売する営業業務がおろそかになっていたのだと思う。仕事の量が落ちてきていた。立体型の制作は難しく経費がかさみ、なかなか思うように進まない。スタッフに払う給料のやりくり、はねあがっていく建築費用、このまま仕事がなければ、どうなってしまうのだろうか・・・いつも大丈夫なんとかなると思ってやってきたが、自己破産し行方をくらませてしまった知人の姿が何度も頭によみがえった。

 追い詰められた状況で、漠然と考えていたことすべてが、ある日くっきりと形を結んだのだった。

 それは工房の建築現場で草引きをしていて思いついた。

 いくら抜いても雑草は生えてくる。

 雑草もそうだが、生き物は、お金をかけずとも、難しい作り方をしなくても、勝手に増えるし、長い時間の間に、勝手に様々な進化を果たしバリエーションを増やす。

 こんな風に、雑草が生えてくるように、虫がわいてくるように、子猫が生まれてくるように、アート作品が自然にできてきたら、どんなにいいだろう・・・

 すべての生き物をつなぎ、生み出す鍵となる簡潔な遺伝子情報。DNA遺伝子の4つの要素(Guanine グアニンCytosine シトシン Adenine アデニン Thymine チミン )の頭文字に、猫(CAT)を発見したとき、私はやっとアイデアを捕まえたと確信した。

 たとえ私が死んだとしても、この制作遺伝子のアイデアを受け継いでくれた誰かが、新たな形を作り続けるだろう。

 この思いつきは私をとても満ち足りた落ち着いた気持ちにさせた。

 自分が作ったものに救われたと感じた一瞬だった。

 建築途中の工房のがらんとした窓からまた雑草が茂っているのが見えていた。いつものように猫の親子が横切っていった。

 おそらくこのプロジェクトはしぶとくたくましい育ち方をするはずだ。

 なぜならこれは余裕をもってお金をかけて笑顔で生み出したアイデアではなく、追い詰められて空っぽの手でひねり出したアイデアだからだ。

 以前、人工筋肉の研究をしていたとき、この材料にはたいした取り柄がないと見限られ、どんどん研究予算をけずられていく中で、この材料に残された「薄膜の美しさ」という可能性にかけるしかないと腹をくくり、自分は研究者をあきらめてアート制作者になるしかないと思いつめたときの感覚に似ていた。

 あとはもう何も考えることはなかった。生みの苦しみはもう終わっていた。

 自然に生え育ってくるアイデアを試しては刈り取って、手入れしてやればいいことだ。

 私の頭の中でGCATの進化の樹形図が勢いよく生い茂り、遠くから見るとそれは猫の顔になって笑っていた。